どうも!母ちゃんです。
プログラミングコンテスト・・・深夜ギリギリになんとか応募し😓
やれやれ終わった~~~~ \(^o^)/ ホッとしてます。
結果はどうあれ、最後まで諦めず!よく頑張りました。
プログラミングのコンテストに間に合わせるため、家族全員!時間に追われる生活でクタクタ。
10月に入ってもバタバタなんですが、スキマ時間にドライブで気分転換してきました。
特別な所ではないです!適当な森?山?を散歩して頭をスッキリさせて来ました。
キレイな緑と良い空気!昆虫観察やバードウオッチングして癒されたり、帰り道に天才数学者の記念室にも寄り道もして来ました。
そこは、柿の有名な街で、お値打ちに柿が買える場所に記念室があるそうで、(甘い柿を買って帰ろう~♪と母ちゃんは思って)立ち寄りました。
そこに着いてみると・・・し~ん 誰もいませ~~ん。
(柿が売っている市場にはたくさんの人がいるんですけどね😣)
中に入ると『数学ワンダーランド』という、算数・数学の不思議、楽しさ、美しさを実際に手で触れ体感できる施設がありました。
とても良い教材が、ば~~~っと並んでいます。
すごいけれど・・・💦
誰もいなくて がら~ん としておりました。
すごくいい所なのにね~ 本当に勿体ないですね。
撮影禁止なのでこちらを見て下さい!
人がいないおかげで!マンツーマンで案内と解説をしていただけました。
色んな数学の理論を紹介していただけて、本当にラッキーです。
触っているだけでも楽しめますが、解説してもらうといいですね!
『へぇ~ なるほど~』っと!深い理解が出来ました😆
ボクは教材を、長い時間ご機嫌に触ってました。
(誰もいないから、謎が解けるまで触っておりました。長時間!相手をしていただきありがとうございました!)
そして2階には、高木貞治(たかぎていじ)博士記念室があります!
そうそう!なぜ、そこへ行こうと思ったかと言うと💦
実験教室の先生から教えてもらったからなのです。
『今の子供たちは、明治時代の若者に似ている』と言う話が出て、明治時代?
色んな事が、新しい時代に変わる転換期を生きるということかな???
ほうほう・・・ そうなのかな~⁈と。
そんな話から、明治に生まれた天才数学者の高木貞治博士を知りました。
ボクの参考になるかもしれないから、ドライブするなら行ってみては?となったから寄ってみました。
こんな話が出てくるまで、高木貞治博士の事は知らなくて💦
ちょっと調べてみましたら!!!
とてもすごい方で、とくに子供の頃の話はびっくりです。
〈高木貞治博士の逸話〉
4、5歳の頃から大人たちを驚かせる神童だったそうです。
幼いころから、人並み外れて物覚えが達者で、たまたま行ったお寺での坊さんの説教を、帰宅後にそっくりそのまま聞かせたり、親鸞聖人の御伝鈔などを、暗唱したりするなど、おとな達をびっくりさせたといったエピソードが残っています。
また、明治15年4月、地元の小学校に入学したのだけれど、成績は飛びきり優秀。
なんと、1年生の次には3年生となり、3年生の次には5年生に飛び級し、6年生の小学校を、わずか3年で卒業しています。
(現在の中学課程にあたる小学校上等科も、通常2年間通うべきところを1年で卒業したそうです。)
この異例のスピード進級の様子を当時の新聞が報じたほどだったようです。
そして、高校課程にあたる5年生の尋常中学、さらに高校と大学の教養課程にあたる2年制の高等中学に通うところを、高木博士は尋常中学校に11歳で入学して、5、6歳年上の同級生と学び、15歳11ヶ月の時に首席で卒業したそうです。
卒業後、16歳で第3高等中学校(現京都大学)に進みこの時代に数学の道に進むことを決め、1894年に帝国大学理科大学(東京大学が1886年に改称された)に入学したそうです!!!
・・・まだまだあります。
天才すぎますね😂😂😂
世の中にはすごい人がいるんですね~
記念室には、博士の子供の頃のノートが展示してあったのですが!
これ?子供の字ですか???
レタリング文字ではないですか?ってくらいキレイな文字と文章。
ボクの字はグニャグニャしているので💦
なんとかしないとね~と反省する母ちゃん。
キレイな字は素敵だな~~~。
ボクが大人になる頃、
一人ひとりが、考えや信念や希望や夢など
たくさんの事を考えられる人にならなくては生きていけないような・・・
とても難しい時代になるんだろうか?
そんな未来でも頑張れるボクになれるように、何でも体験していこうね。
気軽な気持ちで出かけましたが、予想外の濃厚な時間。
秋のドライブ🚗💨💨💨気分転換⁉になりました。